街にあかりを灯す、旬を感じるスナック
|あかり
広い店内に一面ガラス張りの窓。店の中央には品のいいピアノがしっくりと佇んでいる。まるでレストランかジャズバーのような雰囲気を醸す「旬味酒 あかり」。名前だけ見た客には「居酒屋ですか?」と聞かれることもあるのだそうだが、もちろんここも、スナックである。
「今日はもう17時からやってるの。今帰られた方がいらしたでしょ。あの方は89歳。こんな状況ですけどね、みんなワクチンを打って出てきてくださるんです。これまでお世話になったニシタチに恩返ししなくちゃ、ということで、ここを出てからも5軒は回られるんですって。気持ちが若いわね。だからうちも早くに開けて、いつでも来ていただけるようお待ちしているんですよ」
取材をしたのは、まだ酒類提供禁止令が出る前の夏場のこと。三和子ママはそう、笑顔で話す。
料理人としてのルーツは地元・佐土原に
もともとは「お食事処まるまさ」という店を地元・佐土原町で営んでいた三和子ママ。市町村合併のタイミングで娘夫婦に店を譲り、ママは単身宮崎市へ進出。創業から今年17年目になる同店だが、内見に訪れた際には家賃も聞かず、内見1分で即決したほど気に入った物件だったのだそう。「要はお客様に満面の笑みで帰ってもらうのが仕事だから。素敵な場所でオープンするのは必須条件なの」と三和子ママ。お客様のために、と思い切りよく決断する姿が眼に浮かぶ。
「もともとやっていた店は、今も娘夫婦が『ビストロ マルマサ』という名前で営んでくれています。佐土原町の那珂小学校の前にあるのですが、教育会館から買い取った猫足のピアノを置いているの。とても素敵なんですよ。私が店をオープンした当時は、近くに愛和ゴルフができたタイミングだったので、県外からゴルフをしに来た方達が、ホテルでは食事せず私の店に来てくれていました。京都や奈良、大阪からのお客様も多くて、未だにお付き合いがあるの。ありがたいですよね」
街にあかりを灯す店
店名の由来は、ニシタチに明かりを灯すような店、というイメージなのだそう。あとは電話帳に載るときに「アイウエオ順だと早いでしょう?」とのこと。「お食事処まるまさ」オ―プンまでにホテルやレストランで修業し、料理研究家のライセンスも取得するほど料理が好きで、とにかく楽しいこと、そしてママならではの哲学が今の「旬味酒 あかり」のスタイルを作り上げてきたようだ。
「まずお商売は、話題性がなきゃダメよ。46年飲食に携わって来て、それは確信していることですね。料理人として飲食の世界に入っているから、どうしても3,000円いただくとしたら、どれだけのことをしたら満足してもらえるだろう…なんて考えちゃうの。それにお腹も満足できるような食事を出す店だったら、他にない特性になるかなと思って。季節の料理を出せるようなスナック、という形でオープンすることにしたんです」
仕事終わりに食事がてら訪れる客も、今しがた食事してきた、という客も、なんだかんだ食べてしまうのはやはりママの料理の腕のよさ。今日は鯵のお刺身に、サザエもつけて…と気前よく振舞うが、客の箸の進み具合を見ながら絶妙な量とタイミングで提供する塩梅はさすが、ママ歴17年だからこそなせる技だ。
美の秘訣も日々の食事にあり
ところで和装も洋装も見事に着こなす三和子ママだが、その美の秘訣はどこにあるのか?と尋ねてみたところ、ここでもやはり食へのこだわりをうかがい知ることができた。
「食事は、衣食住の中でも一番大事だと思っているんです。その人の体を作るわけですから、食べるものは本当に大事。野菜は小林市まで買い出しに行ったり、魚は川南町の漁協まで魚を買いに行ったり。せりに参加して買って来た魚を生きている状態でさばいたりもするんですよ。私自身も若いときは全然気にしてなかったけど、骨粗鬆症にならないようにとか、健康と美容にも気をつけています。いろいろなサプリもあるけど、やっぱり基本は食事をしっかり取ることですね。元は料理屋さんだから、人に食べてもらうのも、自分の健康管理のための食事も、とても楽しんでやっているんですよ」
最後には「楽しみながらの人生じゃないと、意味がないでしょう。人生は二度ないんだから」と、素敵な言葉でインタビューを締めくくってくれた三和子ママ。その快活な笑顔に励まされたくて、暗いニュースばかりの昨今にも、常連客が「街のあかり」求め店のドアをたたくのも頷ける。ママの料理人魂がキラリとひかる旬の肴と酒を楽しみに、ぜひのぞいてみてはいかがだろう。
取材・執筆=倉本亜里沙、撮影=田村昌士
Data
押川三和子
趣味はゴルフ。5年ほど前からバレエも習っているので、和装の立ち姿もスッキリ。
毎朝飲むフレッシュなスムージーは、子供達にもらったミキサーで作っている。